いごこちじかんわたしじかんブログ

私の子育ての根っこ『ひもじい』『さびしい』思いはさせない

あなたに『整う・彩る・緩む』人生を♬
お家の風通しを良くする 『整理収納・空間収納・ルームスタイリング✨』
この3つの視点から、あなたにとっての「いごこち」をお届けするライフリクリエイター中村美枝子です。

私の振り返り11回目。20年ぶりに母のお墓参りで思ったこと。
たぶん、私の子育ての根っこは、ここにあります。

《いごこちじかんわたしじかん》ができるまで ◆part11◆

無心になる時間

結婚した年、20年ぶりに母のお墓参りに行きました。覚えているものですね^^ お墓の地区名も道順も。すごく大きな墓苑なので数多くの各地区に分かれています。ひとつも間違えることなくたどり着きました。26歳の時、西神戸に引っ越しをしてからは毎日、墓苑の前の道路が通勤道路で。『お母さんのお墓、ここやなぁ』って思いながら通っていました。社会人になり、いつでもお墓参りには行けたのですが、やっぱり育ててもらった母に対して気を遣っていたのだと思います。

※十数年前に、お墓参りのことで今いる母と話したことがあって。母にすれば、こんな気遣いは余計に腹が立つし悲しかったようです。

荒れ果てたお墓を見て愕然とし、とにかく一生懸命草むしりをして、墓石を磨いて。それからは『母に会いたいな』と思うときにお墓参りに行くようになりました。

お墓の掃除をするときは、ただただ無心になれる。私が心落ち着く時間です。お母さんに色々なことを話しかけながら、ひたすら掃除をする時間。悩みや考え事があるときも、掃除が終わって手を合わせるときに『答え』が出ている時が多い。それくらい『無』になり心と頭の整理ができている時間なんだと思います^^

人生まるごと今を生きる

墓石を磨いていて気づいたこと。子どもの頃は全く目に入らなかった文字。母は31歳でこの世を去りました。31と言えば、私が娘を出産した歳です。何とも言えない気持ちで。悲しいとかそういうものでもなくて。31年という歳月が母の寿命だったんだと。こんな話を聞いたことがあります。『命は仏様からお預かりしているもの。短くても 〇年だけだよ って最初から決まっているんです。その命は仏様にお返ししたのです。』これを聞いて天命ということがわかりました。

でも31歳という文字を見て『お母さんの分まで生きる。お母さんの分まで後悔のないように子育てをする。』って思ったのです。今でもその気持ちは変わっていない。もしかしたら私の寿命は母の分もプラスされているかも?? そんな風に思うと生きることの大切さや、日々時間を無駄にしないことをヒシヒシと思うわけです。だから、私はいつもどんなことも一生懸命。真面目だと言われても『真面目で何が悪いねん!』と心の声がささやく・笑

【人生まるごと今を生きる】これは、ブログでもずっと語ってます^^
過去は変えられない。だけど、過去の出来事の捉え方は変えられます。自分が見方を変えることで、私の人生まるもうけ☆そんなふうに思えるようになりました。自分の人生まるごと受け入れて、今を一生懸命生きる。これがわたしの生き方、そしてわたしの在り方になっていく^^

※明石家さんまさんの娘、いまるちゃんの名前の由来⇨「いきてるだけでまるもうけ(生きてるだけで丸儲け)」これってホントすごい!!

偏った子育て

子どもができてから、手探りの子育てがはじまりました。『お母さんだったらこうしたかな?』『お母さんに、こんなことしてほしかったな』私の子育ての基準はこれでした。私の心の中にぽっかり空いた大きな穴は“カタチのない母の愛”。顔も知らない。抱きしめられた記憶もない。母にあいたいという思いは歳を重ねるごとに強くなる。いろんな話を聞いてほしかった。相談に乗ってほしかった。母と笑いあいたかった。抱きしめてもらいたかった。ずっとずっとそう思っていました。今は、ただ母に触れたい。それだけの思いです^^

子どもはどんな環境であれ、人との関わりであれ、食べて寝て着るものがあって。衣食住があれば勝手に大きくなります。私は一般的な家庭環境ではありませんでしたが、道を外すことなくそれなりに成長をしました。ひとつだけ思うことは、大人になり自分の幼少期から大人になるまでの過程を受け入れること。そして子どもの時の心と大人になって理解できた心をすり合わせることが、とてもとてもしんどいことだということです。

だから、自分の子どもには必要のないしんどいことは、絶対にさせないと思っています。《苦労は買ってでもしろ》ということわざがあるけれど、それは『失敗』という『苦労』のことで、失敗から得られる経験値は人を成長させる。でも必要としいない苦労は別だと思っています。

《甘えさす愛情》について以前のブログでも綴ってます。

大人になり社会に出たときに、もっともっといろんなことで悩んだり、辛い思いも悲しい思いもするときがくる。想定外のことが起こった時に、自分で解決しなくてはいけないこともたくさんある。大人になるまでの子どもへの愛情は、そのとき、がんばれるためのエネルギーチャージ。小さいときからひとつひとつ愛情というエネルギーをチャージしていく。親は子へ生きる術を教えるとともに、心の糧となる愛情を与えること。そして見守ること。私は、そう思いながら子育てをしています。甘やかす愛情ではなく、甘えさす愛情を。

でもこれは、私が経験をしたことで感じて思うこと。すべての人が当てはまることではないと思っています^^ 偏った子育てかもしれないけれど、私は私の子育てをする。娘が生まれ、息子が生まれ今に至るまで、ずっとそう思っています。母の愛情はずっとずっと子どもの拠り所になると思っています。子どもには『ひもじい』『さびしい』思いだけはさせてはいけない。子育てに正解はない。みんなそれぞれの経験や考え方があります。自分がこうだと思う子育てを、自分が決めたことを一生懸命にすればいいんじゃないかと思います。環境や形は様々。世のお母さんたちは、試行錯誤しながら一生懸命子どもと向き合っている。私は中途半端な子育てはしない。親になった以上、大切な命を育てているのだから。

 

環境差別、国籍差別、学歴差別。まっ、いろいろとありました^^
いごこちじかんわたしじかんができるまで ◆part12◆へつづく・・・

part1⇨人生の半分?人生の折り返し地点っていつ?
part2⇨「笑顔」で「頑張る」居場所探しの長い長い時間
part3⇨事務職は天職!空白の2年間
part4⇨タフな私が限界を知った日~突発性難聴との付き合いが始まる
part5⇨これってドラマの中の話じゃなかったの?
part6⇨無我夢中な私。職種を選ぶ余裕なんてなかった結婚後
part7⇨人生の展開はひょんなところからやってくる
part8⇨あたりまえの景色があたりまえじゃないと分かってきた幼少期
part9⇨ドタバタ慌ただしい幼少期がひとまず落ち着きます
part10⇨大人として理解できること心の中の小さいまんまの私を理解させること

 

ブログというツールで発信を始めてから6年。文字を通して綴っている原点は私がこれまで生きてきた時間から湧き出るもの。『生き方』というかっこいいものではなく『生き様』という泥臭いもの。少し長くなりそうですが《いごこちじかんわたしじかんができるまで》お付き合いいただけると幸いです。

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